井の中の蛙、インドへ

インドで学んだことを書いていきます。よろしくお願いします!

2020年4月1日から改正された日印租税条約が発効しています

前置き

 

 最近のコロナ感染者の状況

 2020530日時点で、新型コロナウィルス感染者数は、世界では累計感染者592万人(死者36.4万人)、インドでは累計感染者17.4万人(死者4971人)、日本では累計感染者16759人(死者882人)となっています。

 明日(2020531日)でロックダウン4.0が終了します。ここまで振り返ると、322日(1日お試し)、2020324-414日、415-53日、54-517日、518-531日と、とんでもない期間家に引きこもっていたことになります。僕の会社は1週間早めに自宅勤務を取り入れたので約2ヶ月半、自宅でひっそりとしていたことになります。僕の家は4階建で地下もあり、日本人が約10人住んでいたのですが、僕以外帰国し、JAL,ANAのインド便が飛ばないため7月以降まで日本に残る予定です。家にすみこむハウスキーパーの人と、家の前の門番の人以外特に人と会うこともないという状態でした。色々な人とZoomwhatsappLineで話すので気晴らしにもなってインターネットが仕事の必需品というより生きる上での必需品となったことを感じました。

 日本では525日に非常事態宣言解除されました。インドやニューヨークでの感染拡大の情報を見知った上で日本のウィルス封じ込め情報を聞くと、国民の意識レベルでウィルスへの意識が違うのだと感じざるを得ません。

 5月に入って気温は上がり続け、最近は最高47度、最低30度という状態です。日本より湿度が低いため、日本でいう最高35度、最低25度くらいのイメージです。先週2日ほど停電があった時は死にかけました。最近のニュースとしては、デリーでこの時期の最高気温が18年ぶりに更新されたこと、インド東海岸のオリッサに巨大サイクロンが到来したこと、などです。

 個人的に気になった話題はLocust(サバクトビバッタ)の情報です。北アフリカからやってくるバッタのことで、アラビア半島を経て、インドに侵入してきました。その数推定4000億匹です。グルガオンのあるハリヤナ州でバッタが確認され、グルガオンとデリーにも到来すると警報が出されました。日本でいろんな警報は見てきたけれどLocust Alertを見かける日が来るとは思いもしませんでした。対策は窓とドアを密閉することくらいです。飛行機や地上のホースで薬を撒くのが有効らしいですが、個人レベルではできることはあまりありません。

 ロックダウン4.0では、かなりのオフィスが再開して、僕の会社のクライアントや知り合いの会社も続々と会社に通勤していました。唯一の足かせはメトロが6月にならないと動かないことで、自動車、バスは相当自由に行き来している状態でした。これ以上ロックダウンはできないので、今後は経済活動をフルで認めていく方向にシフトします。

 先日513日から517日にかけて、ニルマラ・シタラマ財務大臣より総額20兆ルピーの経済政策が発表されました。テーマはMSME(中小零細企業)や農家、日雇い労働者向けの政策が大半を占めましたが、給与以外のTDS/TCS25%カット、EPF(Employment Provident Fund、従業員積立基金)の積立額を使用者・被傭者ともに12%ずつだったものが10%ずつになるなど、日系企業も影響を受けるものが一定数ありました。航空業界改革、物流の改善等、日系企業に間接的にプラスの影響を与える政策が複数発表されました。今後の経済成長に期待がかかります。

 

 

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国連のLocust対策ページより(国連のLocust監視機関があることをはじめて知りました)。成虫は2-4ヶ月生き、10日で5000km移動できるというデータがあります。風に乗りつつ植物があるところを移動して行きます。

 

 

1、日印租税条約

 202041日に、日印両政府による修正済みMLIへの批准が発効しました。今日はMLIと日印租税条約について簡単に書いてみます。まず、租税条約とは何かというと、国際取引から生じる所得について、居住地国と源泉地国の課税のあり方を調整することで国際投資や国際通商を促進するための国家間の取り決め、ということができます。日印租税条約とは、2006年に締結された日本とインドの間の二重課税防止のための条約です。複数回改正を重ねて現在で継続しています。このような租税条約はDTAA(Double Tax Avoidance greement)やCTA(Covered Tax Agreement)などと呼ぶことが多いです。租税条約の基本については、2020510日の記事で掘り下げています。

 

2、MLI

 MLIとは何かというと、OECD(経済協力開発機構)が策定した、BEPS行動計画を実行するために策定された多国間条約です。英語ではMultilateral Instrument to Implement Tax Treaty Related Measures to Prevent BEPS を省略して”the MLI”といいます。

 OECD(Organization for Economic Co-operation and Development)とは、ヨーロッパや世界37カ国からなる、世界経済について協議するための国際機関です。日本は参加していますが、インドは2020年5月現在、加盟していませんが、OECD諸国の政策は積極的に従う姿勢をとっています。

 BEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源侵食と利益移転)とは、多国籍企業等の法人が税率の高い場所から低い場所へ利益を移転(shift)させ、本来課税がなされるべき地点である税源(Tax-Base)を侵食(erode)する法人税プランニングのことをいいます。これは各国の税法や国際課税原則に則ると合法であるものの、企業が本来法人税を課されるべきであるのにこれを避けているということを問題視して発達した概念です。

 BEPS行動計画(Action Plan on Base Erosion and Profit Shifting)とは、OECD諸国で定めた、BEPS防止のための行動計画です。具体的な行動計画としては15の項目が挙げられています。MLI策定は15個目の行動計画の実行に関するものです。

 乱暴にいうと、MLIとは、各国の租税法や二国間の租税条約の濫用による租税回避を効率的に防止するための多国間の条約といえます。

 

 以下がOECDによって発表されているBEPS行動計画15項目です。

行動計画1:電子経済の課税上の課題への対処

行動計画2:ハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化

行動計画3:外国子会社合算税制の強化

行動計画4:利子控除制限ルール

行動計画5:有害税制への対抗

行動計画6:租税条約の濫用防止

行動計画7:恒久的施設(PE)認定の人為的回避の防止

行動計画8‐10:移転価格税制と価値創造の一致

行動8:適正な移転価格の算定が困難である無形資産を用いたBEPSへの対応策

行動9:グループ内企業に対するリスクの移転、過度な資本の配分等によって生じるBEPSの防止策

行動10:その他移転価格算定手法の明確化やBEPSへの対応策

行動計画11BEPSの規模・経済的効果の分析方法の策定

行動計画12:義務的開示制度

行動計画13多国籍企業の企業情報の文書化

行動計画14:相互協議の効果的実施

行動計画15:多数国間協定の策定

 

 MLIOECD及びG20によって採用された租税条約の雛形で、合計39条あります。租税条約を既に締結している2カ国の間で、取り入れるMLIの条文を合意し、それに基づいて租税条約がMLIによって修正されることとなります。

 MLIの条項が効力を有するには以下の6つの条件全てを満たしていることが必要です。

1、両国間でMLIに署名(日印はともに201767日に署名)

2、両国間でMLIが効力発生(インド:2019101日、日本:201911日)

3、両国間で別に二国間租税条約(Covered Tax Agreement)が締結されていることが必要(日印間には日印租税条約が既にあります)

4、各国が選択制の条文のうち採用するものを決定し、両国がともに選択(マッチング)した条文が効力を持つこととなります

5、両国からOECDに対して、MLIによって修正される租税条約の条文を通知

6、MLIによって修正された租税条約が両国間にて効力を発揮(日印間は202041日から効力を発揮します)

 

 2020428日現在:92カ国・地域が署名。内、42カ国・地域が批准書等を寄託。MLIの導入を希望する国はまずMLIに署名をしたのち、受託書を寄託し、一定の期間が経つまで待つ必要があります。

 

3、日本の導入したMLIの概要(財務省発表)

 本条約は、BEPSプロジェクトにおいて策定されたBEPS防止措置のうち租税条約に関連する措置を、本条約の締約国間の既存の租税条約に導入することを目的としている。

 本条約の締約国は、租税条約に関連するBEPS防止措置を多数の既存の租税条約について同時かつ効率的に実施することが可能となる。 

 本条約により導入可能なBEPS防止措置は、①租税条約の濫用等を通じた租税回避行為の防止に関する措置、及び、②二重課税の排除等納税者にとっての不確実性排除に関する措置から構成される。

 本条約の各締約国は、既存の租税条約のいずれを本条約の適用対象とするかを任意に選択することができ、また、本条約に規定する租税条約に関連するBEPS防止措置の規定のいずれを既存の租税条約について適用するかを所定の制限の下で選択することができる。

 

 

4、MLIの各条項と日印の採用状況

 

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MLIの条文のうち日印両国が合意したもののみが日印租税条約の修正に反映されます。

 

5、修正済み日印租税条約におけるPE(恒久的施設)

 上記の通り、202041日より、MLIによる修正済み日印租税条約が効力を発揮します。ここで最も気をつけたい規定が日印租税条約の57項(a)です。これについては長くなるので今度書いてみます。

 簡単に述べると、PE(恒久的施設)の認定の基準が変更され、よりPEの認定がされやすくなったというものです。海外に拠点を持つ企業は、その海外拠点が本国企業のPEと認定された場合、海外拠点で支払うべき税金の額が大変大きくなると同時に、計算が大変複雑になる(税務訴訟になりやすくなる)という問題があります。多くのコミッションビジネスが影響を受けることが予想されています。コミッションビジネスとは、海外拠点が本国企業の物品・サービスを販売するための販売促進活動を行い、本国企業から海外取引先に販売がされた時に手数料を本国企業から受け取るというビジネスモデルです。

 日本企業はインドに子会社を有する場合が多くありますが、このインド法人が新たにPE認定された場合、インドに収めるべき税金の額が大幅に増える可能性があります。PE認定されなかった場合はインドに収めるべき額が利益の額の約27%であったものが、PE認定された場合には最高で約43%になることがあります。

 

6、まとめ、

 今回のMLIの導入はインドと日本の間のビジネスに大きな影響を与えるものが多いです。今まで税務上問題がなかったビジネスモデルであっても、今後は税務調査の対象となったり、そこから税務訴訟に発展したりする恐れがあります。インドでは、税務関係の違反に関しては、懲罰金が取引額(税額ではなく)の3倍になることもあります。また、クロスボーダー取引に関してはPE問題や移転価格税制の問題等、多くの点に税務当局も目を光らせているため、総じて日本企業は注意しておく必要があります。

 また、インドはOECDに加盟しているわけではないですが、国際情勢には敏感で、BEPS行動計画1の電子経済の課税上の課題への対処も着々と進めています(国内法レベルでは法改正が進んでいます)。この点もアップデートに注意しておく必要があります。

 以上について気になった方は近くの会計事務所・法律事務所等に相談をしてみるのが良いでしょう。

 

参照:

[http://www.fao.org/ag/locusts/en/info/info/faq/index.html]

[https://nisso30.hatenablog.com/entry/2020/05/10/120556]

[https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/beps/index.htm]

[https://www.oecd.org/tax/treaties/MLI-frequently-asked-questions.pdf]

[http://www.oecd.org/tax/action-plan-on-base-erosion-and-profit-shifting-9789264202719-en.htm]