井の中の蛙、インドへ

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日印租税条約(DTAA)の基本に迫る

前書き

 インドのコロナウィルスは約1ヶ月半で500人から始まり、先日6万人を突破しました。感染者の増加幅がとどまるところを知りません。日本は特に感染の爆発もなく、納まりつつあるようです。4月中旬まで日本はインドの対策の早さを見習ってほしいという意見だったのですが、今はインドに対して日本の衛生への意識の高さを見習ってほしいという意見に変わりました。

 517日にロックダウンが解除される予定ですが予断を許さない状況が続きます。54日に酒タバコの販売が各地で解禁されると酒屋の前に長蛇の列ができました色々な街の酒屋前の人々の密集と前の人に抱きついて割り込みを防止する姿の映像がツイッターで流れてきました。デリーでは酒屋に人が密集しすぎて3時間以上待ちの列もできました。ソーシャルディスタンスももちろん破られました。次の日、55日にデリー政府は酒に70%の税金を課すことを決定。異次元の政府対応の早さに目を惹かれたのですがそれもそのはずで、デリー政府の4月の税収は2019年の350億ルピーから30億ルピーまで、90%減少するという事態になっていたのでした。政府の財政的な無力化が懸念されるところです。

 最近は中国から生産拠点を移転することを望む海外企業を誘致するため、インド政府がルクセンブルク2倍の面積の土地を用意する予定であるということが報じられました。重厚長大の工業団地が広がるグジャラート州と、ITの叡智を終結するバンガロール要するカルナタカ州が候補地と目されています。今後の情勢に期待したいところです。

 今日は、日印租税条約というものについて書いてみます。ロイヤリティや技術支援料の話を書きたかったのですが、そこに行く前の段階で力尽きたので今度に回します。

 

1、日印租税条約の概要

 日印租税条約とは、2006年に締結された日本とインドの間の二重課税防止のための条約です。複数回改正を重ねて現在で継続しています。英語では、CONVENTION BETWEEN THE GOVERNMENT OF JAPAN AND THE GOVERNMENT OF THE REPUBLIC OF INDIA FOR THE AVOIDANCE OF DOUBLE TAXATION AND THE PREVENTION OF FISCAL EVASION WITH RESPECT TO TAXES ON INCOME といいます。このような租税条約は省略して「DTAA between India and Japan」などと呼ぶことが多いです。

 

2、租税条約とは

 まず、租税条約とは何かというと、国際取引から生じる所得について、居住地国と源泉地国の課税のあり方を調整することで国際投資や国際通商を促進するための国家間の取り決め、ということができます。

 

3、居住地管轄と源泉地管轄

 一般に、特定の国で一定の取引について課税をするという時には、国内の租税法に従いますが、これが複数カ国にまたがる取引の場合には各関係国の国内の租税法及び租税条約に従うこととなります。複数カ国にまたがる取引への課税をする際の管轄については、一般に居住地管轄(Taxtion based on residence jurisdiction)と源泉地管轄(Taxation based on source jurisdiction)の二つの考え方があります。

 居住地管轄に基づく課税とは、多くの場合、所得の源泉地に関わらず、課税対象者の居住地において課税対象者の全世界所得(world-wide income)に対して課税をすることをいいます。例えば、日本に居住する者がX国で取引をしたときに、居住地管轄に基づいて課税をする場合、その者がX国内で取引をしてあげた利益に対して、X国ではなく日本で所定の税金を徴収する(日本政府に納税する)ということになります。この場合税率は日本の租税法に従うこととなります。

 これに対して源泉地管轄に基づく課税とは、多くの場合、取引を行った者の居住地に関わらず、所得の源泉地(所得が産み出された場所)の国において稼得された所得(国内源泉所得、domestic source income)に対してのみ税金を課税することをいいます。例えば、日本に居住する者がX国内で取引をしたときに源泉地管轄に基づいて課税をする場合、X国で産み出された利益に関しては日本ではなくX国で所定の税金を徴収する(X国政府に納税する)ということになります。この場合の税率はX国内の租税法に従うこととなります。

 

 多くの国では居住地国課税と源泉地国課税との両方が用いられていますが、国によって居住性の判定基準や源泉所得の判定基準、税率等が異なるため、税額の規定のない空白の場面や二重課税がなされる場面が生じます。これでは、国際取引の流動性が阻害されるため、租税条約を国同士で締結することにより国際取引をする者に課税の予見可能性を十分に与えることが可能となるのです。条約と国内法の優先順位については、条約が優先するのが法律界では通例です。日本の場合、日本国憲法982項を根拠に条約が国内法に優先するとされています。もっとも、混乱を避けるため、各国の国内法及び租税条約において、国内法よりも租税条約の規定が優先することが規定されます(日本所得税法162条、法人税法139条、インド所得税法90条、日印租税条約231項など)。

 

4、外国税額控除と国外所得控除

 居住地国が国際的な二重課税を排除する仕組みとしては、外国税額控除(foreign tax credit)方式と、国外所得免除(exemption)方式の二つがあります。外国税額控除方式とは、居住者の全世界所得を居住地国における課税の対象に含めた上で、源泉地国デカされた税額を控除する方式です。国外所得免除方式とは、居住地国が国外源泉所得については課税の対象から除外する方式です。これは違いが生じないようにも思えますが、居住地国と源泉地国とで税額が異なる時に税額に違いが生じます。日印租税条約をみると、前者の外国税額控除方式が取られているといえます(日印租税条約232項)。

 

(参考)日印租税条約第二十三条 

1 いずれかの締約国において施行されている法令は、この条約において反対の規定が特に設けられている場合を除き、当該締約国において、引き続き所得の課税を規律するものとする。 

2 インドにおいては、二重課税は、次の方法により回避される。
(a) インドの居住者がこの条約の規定に従って日本国において租税を課される所得を取得する場合には、インドは、日本国において直接に又は源泉徴収により納付される租税の額を当該居住者の所得に対する租税の額から控除する。ただし、控除の額は、(当該控除が行われる前に算定された)所得に対する租税の額のうち日本国において租税を課される当該所得に対応する部分を超えないものとする。また、当該居住者がインドにおいて超過利潤税を課される法人である場合には、日本国において納付される所得に対する租税の額は、まず、インドにおいて当該法人に課される所得税の額から控除し、なお残額があるときは、インドにおいて当該法人に課される超過利潤税の額から控除する。
(b) インドの居住者がこの条約の規定に従って日本国においてのみ租税を課される所得を取得する場合には、インドは、当該所得をインドの租税の課税標準に含めることができる。ただし、所得に対する租税の額から日本国において取得する当該所得に対応する部分を控除する。 

 

5、日本国内法、インド国内法、日印租税条約上の「居住者」の認定とその課税範囲について

 

(1) 日本租税法(所得税法法人税法等)の場合

 日本租税法において「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人をいいます(所得税法213号)。課税範囲は全世界所得です(同711号)「非居住者」とは、居住者以外の個人をいいます(所得税法21項4号)。課税範囲は日本での源泉所得です(同713号)。「内国法人」国内に本店又は主たる事務所を有する法人をいいます(同216号)。課税範囲は全世界所得です(法人税法5条)「外国法人」とは内国法人以外の法人をいいます(所得税法217号)。課税範囲は原則として日本での源泉所得です(法人税法91項)。なお、日本での源泉所得の範囲の内容については所得税法168条、法人税法138条に詳細が定められています。

「住所」については所得税法基本通達2-1に「人の生活 の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは、客観 的事実によって判定する」とあり、住所の概念は日本の民法上の住所の概念を借用しています(民法22条)。 また、民法上の住所の概念について「客観的な事実、 すなわち住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他親族を有するか否か、資産の所在等 に基づき判定するのが相当(最高裁昭和63715 日判決)」という最高裁判例が存在します。すなわち、日本では182日以上滞在したら居住者と認定する、といった規定は存在せず、対象者の住居、職業、配偶者その他の親族の有無、資産の所在等により総合的に「居住者」か否かを判断されます。

 

(2) インド所得税法の場合

 インド所得税法において「居住者(resident)」とは、前年度においてインドに182日以上滞在した者、又は前年度までの4年で365日以上滞在してかつ前年度に60日以上滞在した者(インド所得税法61項)です。その課税範囲は、全世界所得です(インド所得税法51項)。インド所得税法においては、「居住者」と似た概念に「非通常の居住者((Resident but)Not Ordinary Resident)」というカテゴリーがあり、これは前年度までの10年間で9年間非居住者であったか、前年度までの7年間のうち729日以下しかインドに滞在していなかった者です(インド所得税法66項)。「非居住者(Non Resident)」とは、「居住者」以外の者をいい、その課税範囲はインド源泉所得です(同52項)。なお、法人の場合、原則としてインドで登記された会社は「居住者」とみなされます(インド所得税法63項、226項)。RNORの課税範囲は明示はされていませんが、インド所得税法52項に当てはまり、インド源泉所得に課税がされると解釈できます。なお、インド源泉所得の範囲の内容については9条に詳細が規定されています。

 

(3) 日印租税条約の場合

 日印租税条約において「居住者」とは当該一方の締約国 の法令の下において、住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地その他 これらに類する基準により当該一方の締約国において課税を受けるべき ものとされる者をいいます(租税条約41項)。自然人も法人も同じです。両方の国の居住者に当てはまる場合には両締約国の権限のある当局が、その者の事業の実質的な管理の場所、その者が設立された場所その他関連する全ての要因を考慮して、合意により、どちらの居住者かを決定します(同42項)。

 

(参考)日印租税条約第四条 

1 この条約の適用上、「一方の締約国の居住者」とは、当該一方の締約国 の法令の下において、住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地その他 これらに類する基準により当該一方の締約国において課税を受けるべきものとされる者をいう。 

2 条約第四条1の規定によって両締約国の居住者に該当する者で個人以外のものについては、両締約国の権限のある当局は、その者の事業の実質的な管理の場所、その者が設立された場所その他関連する全ての要因を考慮して、合意によって、条約の適用上その者が居住者とみなされる 締約国を決定するよう努める。そのような合意がない場合には、その者は、条約に基づいて与えられる租税の軽減又は免除を受けることができない。 

 

(4) 具体例の検討

 上記の日本とインドの国内法をみると、自然人の場合には両方の国で居住者となることがあり得ます。例えば日本で仕事を持ち、住居も配偶者も資産も日本にあった人が、インドに出張に度々行って、訪問日数が182日を超え、インドで業務の報酬を受け取った場合には、その報酬について日印両国で課税がされる可能性が生じます。なぜなら日本の所得税法上日本の「居住者」と認定される可能性が高く、インドの所得税法上もインドの居住者に当てはまり、日印間の当局による合意がない場合には両国で課税されます。

 

6、まとめ

 租税条約を理解するには両国の租税法がきちんと理解できていることが必須となります。これに関する業務をこなせるのは日本語で書かれた法律と英語で書かれたインドの租税法の両方を読める必要があります。インド人からしても日本人からしても難しいですが、日本人の方に少し分があると言えるでしょう。頑張りましょう。

 日印租税条約には多くの論点があります。BEPS防止措置実施条約(MLI)の批准、居住性の判断、恒久的施設(PE)の判断、移転価格税制、配当税、ロイヤリティ使用料及び技術支援料、などです。今回はさわりの部分しか触れられませんでした。今後深掘りしていけたらと思います。

 

参照:

[https://www.incometaxindia.gov.in/booklets%20%20pamphlets/royalty-and-fees-for-technical-services.pdf]

『国際租税法・第3版』(増井良啓・宮崎裕子)

[https://www.mof.go.jp/english/tax_policy/tax_conventions/mli.htm]

[https://www.aoyama.ac/topic/topic075.pdf]